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  ぷっぷコラム

ねふ日記帳

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紙の舟

遠景。焦点がぼやけてはっきりと見えない景色から、やがてかさかさの重なり合いひしめきあいが見える。

ボール紙で出来た、やま切りの紙が波の形の層をなして揺れている。海。乾いた波の海だ。ー海なのかな。画用紙のおうとつに日が当たって陰影が出ている。表面は白い。割り箸のようなものに貼り付けて波が不自然に動いている。劇場の幕かなにかにも見える。でもそれは指摘せず、黙って眺めているだけにした。何故かというと、そういった自分には何か分からない物でも、「それ」を「そう」している誰かにとってはきっと意味があって「そう」動かしているものなのだと感じたから。
(ボール紙で出来た波の上を紙で作った舟がゆらゆらと進んでいたが、とうてい本物になんか見えない不細工な代物だった。それでも誰かがそれを、波に見立てて、こちらに向けてずっと動かしている。)
これを簡単に終わらせる方法はある。ハサミで切り裂くこと。でもそうしないのは、ほのかに紙の手触りとのりのにおいが感じ取れるような気がして、ずっと眺めていたいように思えたからだった。
 
ぼくらが今の家に越してきてから、かなりの衝突があった。それはわざわざ僕が火種にしたような事態も多かったけど、殆どは油と水をかき混ぜたようなお互い受け入れられない状況からだった。それでも最後はごちゃ混ぜになって溶けてしまうと、平和で落ち着いて静かになった。そして時々分離し、また荒れてかき回すと油も水も静かに混ざり合った。何もお互いがお互いを嫌って近づいた訳ではなく、気になったから近づいたのだった。しかし、だからといって必ずしもうまく行く訳じゃないのを僕らは身をもって知らされた。
 
ごくありふれた物がちょっとした瞬間に異形の顔を向けるように、噛み合わない部分が人々にはある。その辺の自動車をぐるぐるにアルミホイルで包んで走らせると、いっぺんに周囲の人を脅かすように。でもちょっとした事でまた絶妙な相性を発揮する場合もある。灼熱の国で車を停めて、ボンネットにアルミホイルに油を敷いて卵を割ると、美味しい目玉焼きがこんがり出来たりするそうだ。物は見方次第だな、と僕は思った。
物事はそういう事だった。油も水も。ただ、平和過ぎると自分には逆に他に何もないような気になってしまうから悲しくなる。
 
そんな時に、あの紙の舟が引っ張り出されてきた。ジャキジャキと切って波を作り、割り箸に貼り付けて揺らしだす。あの人がこちらに向けて紙を揺らす。出来映えはそこそこかな。では色は何にしようか。エメラルド。ひすい色。青い海。「先日一緒に見てきたでしょう。あの海の色はどう」
僕はこういった経験があまり無かったから、ちょっと面食らった。君の為に作ったなんて白々しい言葉なら僕はよく知っていた。そう言っておいて、結局は自分の好みを押し付ける場面を多々知っている。僕は人を信用しない。僕は僕にかこつけて、いい踏み台にされ、言い出しっぺのやつの自己実現に使われるが物凄く嫌いなんだ。殆ど憎んでると言ってもいいぐらいだ。だって僕の今までは殆どそれで出来てるから。
でもその人が言ったのはそいつらとちょっと違う。僕がこうしたい、ああしたいと何気なく言ったのをちゃんと心のどこかで拾い上げてくれていて、一緒に海に出かけてくれた。そして今日、それを大事にとっておいて提案してくれたんだ。けれど、選ばなくたっていいように強制はしなかった。僕はそれだけで泣きたいぐらいの気持ちだった。僕はいつも自分が傷つかないように、どんなに親しくなったところで誰とも少しだけ距離を置かざるを得なかった。だから興味ない、好きじゃないと言った。みんなそれを聞いて去って行った。そんな時だけ、彼らは素直だった。けど彼は言った「いいと思うんだ。僕も気になってる。でも他のもいいよね。迷っちゃうね」って、困ったように笑った。
 
舟は優しい紙の波間を抜けて、その人の手のひらを介してテーブルに降りた。何も置かずすっきりしたテーブルの上で、舟はかわいそうなぐらいひとりぼっちだった。それは僕だと思った。結局いつも、上に何かが乗っても払いのけてきたからだ。仲間の居ない波間に安っぽい舟はひとりぼっちで漂っている。果てしない孤独。どこかに同じようなひとりぼっちの舟があるかもしれない。なのにどの舟もこの舟を横切って行かない。
 
だけどそうなったのは、周囲にだって責任があるじゃないか。と僕は考える。素直な心なんか見せたらすぐさま標的にして撃ち落とされたじゃないか。何度もこの目でそれを見てきた。油と水。燃え盛る舟。
感情が押さえきれずに火に油を注ぐと分かっていながら言ってはいけない最後の一言まで言って、相手を打ちのめしてきた人を沢山見てきた。打ちのめしたくせに、あいつらは自分が傷つくんだ。相手を傷つけたと知れば知るほど、自責の念で苦しんで自分が傷ついたと言う。わめきちらす。だから、その近くに居る人間は小さくなって素知らぬ振りを決め込むしか無い。
ー世間の誰だって、心底では信用出来ない。どれだけいい人とでも、何もかも共有なんてできやしない。それはお互いの為でもある。お互いが安全な場所で暮らして行くための知恵なのだ。
そうは言っても、本当はもっとうまくいく世界があるんじゃないかという気持ちが捨てきれない。だから失敗する。僕はもっと出来るんじゃないか。そう思って失敗する。努力が足りなかったんじゃないか。今からでも遅くはないんじゃないか、と。
テーブルの横に猫がきて座り込んだ。するとその人はボートを猫の頭にのせて、帽子のようにしてやった。猫はすやすや眠り始めた。思わず僕とその人は微笑んだ。そうだ、世の中にはこういうことをすんなり出来る人が居るのだ。羨ましいぐらい、スマートな人間が。僕は自分がそういった人間じゃない事を認めざるを得ない。耐えて耐えて、最後に「そんな考え方じゃ誰もついてこない」とあるとき誰かに言われて心を抉られたけど、最もだと思わずにいられなかった。以来、自分が変われないと思いつつも、僕はその言葉を胸に刻んでいる。
 
けれど、それと平行して紙の舟はゆらめいた。色々な人が居る。今まで別々の生活をしてバラバラな方法で各々が勝手に過ごしてきたのに、同じようなものが好きで、てんでばらばらに追い求めてた物が後になって蓋を開けてみたらまるで似ていて、ああ、こんな風に遠くでお互いの事もよく知らずに生きてきたのに、実は同じ時間を実は過ごして居たんだなと思う事がある。そしてお互いが自分のどこか一部のようだと感じる瞬間がある。舟の動きは安らかな寝息の動きだった。あの人も猫の横でウトウトしている。
本当はだれも喧嘩なんかしたく無いんだ。
自分も身近にいる人を選んだ瞬間、その人と仲良くなりたいと願っている、なのに喧嘩は起きる。本当は、様々な思惑を乗り越えて、好きなようにさせてあげたいという気持ちからお互いがスタートしているのに…。
 
僕は立ち上がった。片付けを始めたら、さっきの紙の波間から違う色のボートが出てきた。ぼくが折り紙で折ったやつ、まだ捨ててなかったのか。花まで挿さってる。
そこでやっと、ぼくはここに来てからそうやってあの人の波方でゆらゆらと過ごしてきたんだなと感じた。見回すと、この部屋はぼくが選んだ訳じゃないのに、ぼくの物で溢れていた。
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